それは小学校でインフルエンザや胃腸炎が流行り始めていたある冬の日のことでした。夕方、学校から帰宅した七歳の息子が「喉が痛くておやつが食べられない」と訴え、体温を測ってみると一気に三十八度五分まで跳ね上がっていました。最初は風邪だろうと考え、家でゆっくり休ませていましたが、夜中になると息子が「体が痒くて眠れない」と泣き始め、電気をつけて確認した私の目に飛び込んできたのは、息子の胸やお腹、そして腕の付け根に広がった真っ赤な蕁麻疹のような発疹でした。蚊に刺されたような盛り上がりが繋がり合い、地図のように広がっていく様子は、これまで経験したことのない異常な事態で、私はパニックに近い不安に襲われました。翌朝、一番に小児科を受診したところ、喉の奥が真っ赤に腫れ上がり、特徴的な点状出血があることから、すぐに溶連菌の迅速検査が行われました。わずか十分後、結果は陽性。医師からは「溶連菌感染症ですね、この発疹は菌の出す毒素や免疫反応によるもので、溶連菌ではよく見られる症状です」と説明を受け、ようやく一安心することができました。しかし、そこからが本当の戦いでした。処方されたペニシリン系の抗生剤を飲み始めたものの、皮膚の痒みは激しくなる一方で、息子は無意識に掻き壊してしまい、皮膚はみるみるうちにボロボロになっていきました。医師からは「絶対に途中で薬を止めないでください」と強く念を押されており、私は痒みを抑えるための抗ヒスタミン薬と保湿剤、そして冷たいタオルを駆使して、二十四時間体制で息子のケアに当たりました。一番心配だったのは、これが「薬アレルギー」ではないかという疑いでしたが、医師に相談すると、溶連菌の発疹は熱が下がっても数日間は出たり消えたりを繰り返すことがあり、薬をやめてしまうことの方が腎炎などの合併症リスクを高めてしまうというアドバイスを受け、信じて飲み続けました。三日目が過ぎる頃、ようやく熱が平熱に戻り、それに呼応するように全身の蕁麻疹もしぼんでいきました。あの燃えるような赤みが引いて、一週間後には指先の皮が薄く剥けてきたとき、これが医学書にある通りの溶連菌の経過なのだと深く納得しました。この経験を通じて痛感したのは、溶連菌という病気が喉の痛みだけでなく、皮膚という全身の鏡を通してこれほどまでに激しい反応を示すという事実です。子供の小さな体がウイルスや細菌と必死に戦っている姿を目の当たりにし、親としてできることは正しい知識を持って医師の指示を守り、本人の苦痛を少しでも和らげる環境を整えることだけなのだと学びました。もし、これから同じように喉の痛みと突然の蕁麻疹に戸惑う親御さんがいれば、どうか落ち着いて病院へ行ってほしい。溶連菌は正しく恐れ、適切に治療すれば必ず治る病気ですが、あの激しい痒みと発疹は、体が全力でSOSを発信している証拠であり、それを無視しないことが何よりも大切なのです。