山本さん(仮名・28歳)は、学生時代から大切な試験や面接の前になると、決まって激しい腹痛と下痢に襲われるという悩みを抱えていました。社会人になってもその症状は続き、特に重要なプレゼンの前日は、ほとんど眠れないほどの不安と腹痛で苦しみました。彼女の生活は、常にトイレの場所を気にするという制約の中にありました。友人との旅行や外食も心から楽しめず、次第に人と会うこと自体が億劫になっていきました。このままではいけないと決心した彼女は、まず症状から考えて消化器内科を受診しました。医師は彼女の話を丁寧に聞いた後、他の深刻な病気の可能性を排除するために大腸内視鏡検査を勧めました。検査の結果、腸にポリープや炎症といった器質的な異常は一切見つかりませんでした。医師は「検査で異常がないことから、過敏性腸症候群(IBS)で間違いないでしょう」と告げました。この病気は、ストレスなどが引き金となって自律神経が乱れ、腸が過敏に反応してしまう機能的な疾患であると説明を受けました。原因がはっきりしたことに安堵する一方で、目に見える異常がないのにこれほど苦しいという現実に、山本さんは複雑な気持ちになりました。治療は、腸の動きを整える薬の処方から始まりましたが、それだけでは十分な効果は得られませんでした。そこで医師は、食事療法(低FODMAP食)と並行して、心療内科でのカウンセリングを勧めました。最初は半信半疑だった山本さんですが、カウンセリングで自身の完璧主義な性格やストレスへの対処法について見つめ直すうちに、少しずつ心に変化が生まれました。腹痛が起きても「またか」と冷静に受け流せるようになり、不安の連鎖を断ち切る術を学んだのです。今では症状が完全になくなったわけではありませんが、上手に付き合えるようになり、以前よりもずっと自由に外出を楽しめるようになりました。
過敏性腸症候群と診断されたある女性の物語