私の母は、いつも明るく料理上手な人でした。その母が、何度も同じことを聞くようになったのは二年ほど前のことです。最初は「またその話?」と笑って流していましたが、次第に得意だった料理の味付けがおかしくなり、鍋を焦がすことが増えました。私の心の中に、認めたくない不安がじわじわと広がっていきました。これは単なる老化なのだろうか、それとも。意を決して「一度、物忘れの検査に行ってみない?」と切り出した時の、母の寂しそうな、そして少し怒ったような顔が忘れられません。「私はぼけてなんかいない」と強く拒否する母を前に、私は途方に暮れました。それから半年、説得は平行線を辿りました。状況が変わったのは、かかりつけの内科の先生が助け舟を出してくれたからです。「新しい健康診断の項目に、脳の検査が加わったんですよ。念のため一緒に受けてみましょう」という先生の言葉に、母もようやく首を縦に振ってくれました。そして紹介された物忘れ外来を訪れた日、私は待合室で自分の心臓の音だけが大きく聞こえるのを感じていました。診察室では、医師がまず私から、そして次に母から、時間をかけて丁寧に話を聞いてくれました。簡単な計算や言葉の記憶テストが進むにつれ、明らかに戸惑い、答えに窮する母の姿を見るのは本当につらい時間でした。後日、画像検査の結果も踏まえて告げられた診断は「アルツハイマー型認知症の初期段階」。頭では覚悟していたはずなのに、涙が止まりませんでした。しかし、医師は「早く気づけてよかった。これからできることはたくさんありますよ」と静かに語りかけてくれました。絶望から始まったその日は、母と私が病気と向き合い、共に歩んでいくための第一歩の日となったのです。