認知症が疑われる家族を病院へ連れて行こうとする時、最も大きな壁となるのがご本人の受診拒否です。多くの場合、本人は自身の変化に気づいていないか、あるいは薄々気づいていても認めたくないという気持ちから、「私はどこも悪くない」と頑なに受診を拒みます。このような状況で無理強いをしたり、「認知症だから病院へ行くのよ」とストレートに伝えたりするのは、本人のプライドを深く傷つけ、心を閉ざさせてしまう最悪の対応です。大切なのは、本人の気持ちに寄り添いながら、上手に受診へと誘導する工夫と根気です。最も効果的な方法の一つは、認知症という言葉を使わずに、別の目的を提案することです。「最近、血圧が高いみたいだから一度診てもらおう」「市から無料の健康診断の案内が来たから、一緒に行ってみない?」といった誘い方であれば、本人も受け入れやすいでしょう。特に「脳ドック」や「脳の健康診断」という言葉は、「病気の治療」ではなく「健康維持のための検査」という前向きな響きがあり、抵抗感を和らげる効果が期待できます。また、家族が「最近、私の物忘れがひどくて心配だから、付き添ってくれない?」と、自分を主語にしてお願いするのも有効なアプローチです。誰かのために一役買うという状況を作ることで、本人の自尊心を守りながら目的を達成できる可能性があります。それでも難しい場合は、一人で抱え込まず、かかりつけ医や地域包括支援センターの専門家に相談することが重要です。日頃から信頼関係のある医師から受診を勧められたり、専門家が自宅を訪問してさりげなく健康相談に乗ってくれたりすることで、事態が好転することもあります。焦らず、本人の尊厳を第一に考えた丁寧な関わりこそが、固く閉ざされた扉を開く鍵となるのです。