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鍼灸やツボ押しで胃の不調を整える東洋医学の叡智
西洋医学が胃痛に対して胃酸抑制剤や消化剤といった薬で直接的にアプローチするのに対し、東洋医学では、よりホリスティックな視点から不調の原因を探り、体全体のバランスを整えることで根本的な改善を目指します。夏バテによる胃痛や食欲不振は、東洋医学において非常に得意とする分野の一つです。東洋医学の考えでは、夏の気候の特徴である「暑邪(しょじゃ)」と「湿邪(しつじゃ)」が体内に侵入し、飲食物の消化吸収を司る「脾(ひ)」の機能を低下させることが、夏バテの主な原因とされています。特に、湿度の高い日本の夏は、この「湿邪」の影響を受けやすく、体内に余分な水分が溜まることで、胃が重く、体がだるく感じられるのです。鍼灸治療では、まず丁寧な問診や脈診、舌診によって、その人の体質や不調の根本原因を見極めます。そして、弱った「脾」の働きを助け、体内の余分な「湿」を取り除く効果のある経穴(ツボ)に、髪の毛ほどの細さの鍼や、温かいお灸で刺激を与えます。これにより、滞っていた「気」と「血」の流れがスムーズになり、自律神経のバランスが整えられ、胃腸が本来の元気を取り戻していくのです。自宅でできるセルフケアとしては、ツボ押しが手軽で効果的です。胃腸の万能ツボとして知られる「足三里(あしさんり)」は、膝のお皿のすぐ下、外側のくぼみから指4本分下にあります。親指で5秒ほどゆっくり圧をかけ、ゆっくり離すのを繰り返します。また、みぞおちとおへその中間にある「中脘(ちゅうかん)」というツボを、手のひらで優しく円を描くようにマッサージするのも、胃の働きを高めるのに役立ちます。薬だけに頼らず、数千年の歴史を持つ東洋の知恵を取り入れることで、より穏やかで根本的な体質改善へと繋がるでしょう。
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市販の胃薬に手を出す前に知るべき正しい知識
突然のキリキリとした胃痛や、どんよりとした胃もたれ。そんな時、ドラッグストアで手軽に購入できる市販の胃薬は、まるで救世主のように思えるかもしれません。しかし、夏バテによる胃痛の場合、その原因を正しく理解せずに薬を選んでしまうと、症状を緩和するどころか、かえって悪化させてしまう危険性すらあります。市販薬に頼る前に、まずは自分の胃がどのような状態にあるのかを見極めることが肝心です。夏バテの胃痛は、大きく二つのタイプに分けられます。一つは、ストレスや不規則な生活で自律神経が乱れ、胃酸が過剰に分泌される「攻撃型」の胃痛です。この場合は、胃酸の分泌を抑える「H2ブロッカー」や、出過ぎた胃酸を中和する「制酸薬」が有効です。症状としては、キリキリ、シクシクとした痛みや胸焼けが特徴です。もう一つは、冷たいものの摂りすぎや食欲不振によって胃の働きそのものが低下している「機能低下・停滞型」の不調です。この場合は、消化を助ける「消化酵素薬」や、弱った胃の運動を促す「健胃生薬」が配合された胃薬が適しています。胃が重い、もたれる、食欲がないといった症状がこれにあたります。もし、機能が低下している胃に、強力な胃酸抑制薬を使ってしまうと、ただでさえ弱い消化力がさらに低下し、消化不良を助長しかねません。自分の症状がどちらのタイプに近いのかを冷静に判断し、薬剤師に相談の上で購入することが重要です。そして何よりも忘れてはならないのは、市販薬はあくまで一時的な症状緩和のための対症療法であるということです。2~3日服用しても改善が見られない、あるいは悪化するようなら、迷わず消化器内科を受診し、専門医の診断を仰ぐべきです。
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物忘れ外来ではどのような検査が行われるのか
「物忘れ外来」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。これは、その名の通り物忘れや認知症を専門的に診断し、治療方針を決定するための特別な窓口です。一般的な診療科と比べて、より深く、多角的なアプローチで認知機能の評価を行うのが特徴です。物忘れ外来での診察は、通常、非常に丁寧な問診から始まります。医師はまず、ご本人から現在の症状や困りごとについて話を聞きますが、それと同じくらい、あるいはそれ以上に重視されるのが、付き添いの家族からの情報です。本人が自覚していない生活上の変化や、以前と比べて変わった点などを具体的に伝えることが、正確な診断の鍵となります。問診の次に行われるのが、神経心理学検査です。これは、臨床心理士などの専門家が、質問や簡単な作業を通して記憶力、注意力、言語能力、判断力といった脳の様々な機能を客観的に評価するテストです。「長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)」や「ミニメンタルステート検査(MMSE)」などが有名で、これにより認知機能が年齢相応のレベルにあるのか、どの領域に低下が見られるのかを数値で把握します。さらに、脳そのものの状態を確認するために、CTやMRI、SPECTといった画像検査が行われます。これにより、脳の萎縮の程度や血流の低下、他の脳疾患の有無などを視覚的に確認します。加えて、認知症と似た症状を引き起こす他の病気の可能性を排除するために、血液検査も欠かせません。これらの多岐にわたる検査結果を総合的に分析し、医師は最終的な診断を下します。単に病名を告げるだけでなく、その後の治療や生活上のアドバイス、利用できる介護サービスまで含めてサポートするのが、物忘れ外来の大きな役割なのです。
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もしかして認知症?最初に訪れるべき診療科
大切な家族に「あれ?」と思う瞬間が増えてきたとき、多くの人が最初に直面する壁は、一体どの病院の何科に相談すればよいのかという問題です。認知症の初期症状は、単なる加齢による物忘れと見分けがつきにくく、また症状の現れ方も多様であるため、適切な診療科を選ぶのは決して簡単ではありません。一般的に、認知症の診断と治療を専門的に扱うのは、精神科、神経内科、老年科、そして「物忘れ外来」です。精神科は、認知症に伴う不安、うつ、幻覚、妄想、興奮といった行動・心理症状(BPSD)のケアに強みを持っています。心の専門家として、患者さん本人や家族の精神的な負担を軽減するアプローチを得意とします。一方、神経内科は、脳や神経の器質的な変化を診る専門家です。CTやMRIといった画像診断や神経学的な診察を通じて、アルツハイマー型認知症だけでなく、レビー小体型認知症や前頭側頭型認知症など、原因となる疾患を正確に鑑別診断することに長けています。また、老年科(老年内科)は、高齢者を総合的に診療する科です。認知症だけでなく、高齢者が抱えがちな複数の持病や、多くの薬を服用していることによる影響なども含めて、体全体の状態をトータルで診てくれるのが特徴です。そして近年増えているのが「物忘れ外来」です。これは認知症診断に特化した専門外来で、多くの場合、臨床心理士やソーシャルワーカーなど多職種の専門家がチームを組んで対応にあたります。どの科が最適か迷った場合は、まず最も気になる症状を基準に考えるとよいでしょう。物忘れが主なら物忘れ外来や神経内科、気分の落ち込みや不可解な言動が目立つなら精神科、というように判断するのも一つの方法です。
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婦人科も選択肢?更年期と自律神経の深い関係
40代半ばを過ぎた頃から、原因不明のほてりや発汗、気分の浮き沈み、そして不眠といった症状に悩まされる女性は少なくありません。これらの症状は、多くの人が「自律神経の乱れ」として片付けてしまいがちですが、実は女性ホルモンの減少が引き起こす更年期症状の典型例でもあります。女性の体は、卵巣から分泌されるエストロゲンというホルモンによって守られていますが、閉経前後の約10年間(更年期)にこのエストロゲンの分泌が急激に減少します。このエストロゲンは、脳の視床下部という場所でコントロールされていますが、実はこの視床下部は自律神経を司る中枢でもあるのです。そのため、エストロゲンが減少しホルモンバランスが乱れると、その影響がすぐ隣にある自律神経のコントロールセンターにも及び、結果として自律神経のバランスまで崩れてしまうのです。これが、更年期に動悸、めまい、頭痛、イライラ、不安感といった自律神経失調症と非常によく似た症状が現れるメカニズムです。もしあなたが40代以降の女性で、前述のような多岐にわたる不調を感じているのであれば、心療内科や内科だけでなく、婦人科を受診することも非常に有効な選択肢となります。婦人科では、血液検査でホルモン値を測定することで、自分の体が今どのような状態にあるのかを客観的に知ることができます。そして、症状が更年期によるものだと診断されれば、ホルモン補充療法(HRT)や漢方薬、プラセンタ治療など、婦人科ならではの専門的なアプローチで症状を和らげることが可能です。何科に行けばいいか迷った時は、自分の年齢や性別特有の体の変化にも目を向けてみることが、解決への近道となるかもしれません。
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その症状は治る認知症かもしれないという希望
認知症と聞くと、誰もが進行性で根本的な治療法がない、不治の病というイメージを抱くかもしれません。しかし、認知症のような症状を引き起こす病気の中には、原因となっている疾患を治療することで、劇的に症状が改善したり、完治したりするケースが存在します。これらは俗に「治る認知症」と呼ばれており、この可能性を見逃さないためにも、早期の正確な鑑別診断が極めて重要になります。代表的な「治る認知症」の一つが、「正常圧水頭症」です。これは、脳の周りを満たしている脳脊髄液の流れが滞り、脳室に過剰に溜まることで脳を圧迫する病気です。物忘れなどの認知機能低下に加え、「歩幅が狭く、足が上がらない」といった歩行障害や、尿失禁を伴うのが特徴で、脳内に溜まった髄液をチューブで腹部などに逃がすシャント手術を行うことで、症状の劇的な改善が期待できます。また、「慢性硬膜下血腫」も原因の一つです。頭を軽くぶつけたことなどがきっかけで、脳の表面にじわじわと血液が溜まり、数週間から数ヶ月かけて脳を圧迫します。これもCTやMRI検査で容易に診断でき、手術で血腫を取り除けば、認知機能は回復します。その他にも、体の新陳代謝を司る甲状腺ホルモンの分泌が低下する「甲状腺機能低下症」や、ビタミンB1、B12、葉酸などの欠乏症も、無気力や物忘れといった認知症そっくりの症状を引き起こしますが、これらは血液検査で診断でき、ホルモン剤やビタミンの補充で治療可能です。うつ病も、高齢者の場合は「仮性認知症」と呼ばれるほど認知機能の低下を伴うことがあります。これらの可能性を一つひとつ丁寧に除外していくためにも、物忘れに気づいたら自己判断せず、適切な医療機関で総合的な検査を受けることが何よりも大切なのです。
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地獄の始まりかと思った私のヘルパンギーナ体験記
あれは忘れもしない、蒸し暑い7月の週末でした。前日まで何の予兆もなかったのに、土曜日の朝、目覚めた瞬間から体に異変を感じました。尋常ではない倦怠感と、体の節々がギシギシと痛む感覚。熱を測ると、すでに39.2度。インフルエンザか、あるいはついにコロナにかかってしまったのかと、私の頭の中は一気にパニックになりました。しかし、本当の地獄はそこからでした。熱が上がるにつれて、喉の奥に奇妙な違和感が生まれ始めたのです。最初は少しイガイガする程度だったのが、時間と共にそれは燃えるような灼熱感へと変わり、やがて唾を飲み込むことすら躊躇するほどの激痛へと発展しました。鏡で喉の奥を覗いてみると、のどちんこの周りに、まるでイクラのような赤いプツプツがいくつもできていました。その光景は、まさに恐怖でした。休日だったため、すぐに病院へ行くこともできず、私は市販の解熱鎮痛剤を飲んでひたすら耐えるしかありませんでした。しかし、薬を飲むための水一口ですら、喉をガラスの破片が通過するような痛みで、涙が滲みます。食事など到底無理で、ウィダーインゼリーをなんとか流し込むのが精一杯。夜には熱が40度を超え、悪寒で歯の根が合わないほどガタガタと震え、意識が朦朧としました。喉の痛みはピークに達し、もはや声を発することもできません。あまりの苦しさに、このままどうにかなってしまうのではないかという本気の恐怖に襲われました。月曜日の朝、這うようにして内科を受診し、医師に喉の奥を見せた瞬間、「あー、これは典型的な大人のヘルパンギーナだね。つらかったでしょう」と告げられました。その言葉に、原因が分かった安堵と、これまでの苦しみが報われたような気持ちで、思わず涙がこぼれました。特効薬はなく、ひたすら対症療法で乗り切るしかないという厳しい現実。あの地獄のような初期症状の激しさは、一生忘れることのできないトラウマとして、私の記憶に深く刻み込まれています。
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ある日突然始まった指の痛みと私の選択
40代最後の年を迎えた頃、私の指に異変が起きました。最初は、朝起きた時の軽いこわばりだけでした。しかし、次第に、ペットボトルの蓋を開ける、雑巾を絞るといった、何気ない動作で、人差し指の第一関節にズキッとした痛みが走るようになったのです。指は少し腫れて熱っぽく、見た目にもゴツゴツしてきたように感じました。整形外科を受診すると、レントゲン写真を見ながら「ヘバーデン結節ですね。加齢によるものですから、うまく付き合っていくしかありません」と言われ、痛み止めの湿布を渡されただけでした。しかし、痛みは一向に改善せず、他の指にも広がり始め、私は次第に、料理や趣味の裁縫をするのが億劫になっていきました。何よりつらかったのは、ピアノを弾く時に、思うように指が動かなくなったことでした。そんな時、同年代の友人と話していて、彼女も同じような指の痛みに悩んでいたこと、そして婦人科で相談したところ、症状が楽になったという話を聞いたのです。「指の痛みで婦人科?」と半信半疑でしたが、藁にもすがる思いで、私も近所の婦人科クリニックの扉を叩きました。そこで医師から、私の指の痛みは、更年期における女性ホルモンの減少が大きく影響している可能性を、丁寧に説明されました。そして、選択肢として、ホルモン補充療法(HRT)と、エクオールという成分のサプリメントを提案されたのです。私は、まず副作用の心配が少ないサプリメントから試してみることにしました。飲み始めて一ヶ月ほど経った頃、劇的な変化ではないものの、朝のこわばりが少し和らいでいることに気づきました。そして三ヶ月が経つ頃には、あれほどつらかった、物を掴む時の鋭い痛みが、明らかに軽減していたのです。まだ完全に痛みが消えたわけではありません。でも、痛みのために諦めかけていたピアノを、また楽しめるようになったことが、何よりの喜びでした。私のこの経験は、すべての女性に当てはまるわけではないかもしれません。でも、もし同じように原因不明の指の痛みに悩んでいるなら、整形外科だけでなく、婦人科という視点も持ってみてほしい。そう、心から伝えたいです。
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医師に症状をうまく伝えるコミュニケーション術
自律神経の不調を抱えて病院を訪れても、自分のつらさを医師にうまく伝えられず、不完全燃焼のまま診察室を後にしてしまったという経験はありませんか。特に自律神経の症状は、検査の数値には現れにくい主観的なつらさが多いため、言葉で伝えるコミュニケーションが診断の鍵を握ります。限られた時間の中で的確に情報を共有するためのコツを知っておきましょう。まず大切なのは、結論から話すことです。「最近、体調が悪くて」と漠然と話し始めるのではなく、「一番つらい症状は、週に3回ほど起こる動悸です」というように、最も困っていることを最初に伝えましょう。これにより、医師は話の焦点を定めやすくなります。次に、症状を客観的かつ具体的に表現することを心がけてください。「すごく痛い」ではなく、「キリキリと突き刺すような痛みです」、「不安でたまらない」ではなく、「胸がざわざわして、じっとしていられなくなります」というように、五感を使った比喩や具体的な行動を交えて説明すると、症状の質感が伝わりやすくなります。事前に準備した症状のメモを見ながら話すのも非常に有効です。時系列に沿って、いつから、どんなきっかけで、どのくらいの頻度で症状が出ているかを説明できると、医師は病状の全体像を把握しやすくなります。また、自分の希望や期待を伝えることも重要です。「薬で症状を抑えたいのか」「生活習慣で改善できることを知りたいのか」「仕事に影響が出ないようにしたいのか」など、自分が治療によってどうなりたいのかを伝えることで、医師はあなたに合った治療計画を立てやすくなります。最後に、医師の説明で分からないことがあれば、遠慮せずに質問しましょう。「今の説明は、こういう理解で合っていますか?」と確認することも大切です。主体的な姿勢で診察に臨むことが、医師との信頼関係を築き、満足のいく治療へとつながるのです。
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足の裏の骨が痛む時に考えられる主な原因
私たちの二本の足は、毎日全体重を支え、歩行や走行といったあらゆる活動の基盤となる極めて精巧な構造体です。その足の裏、特に骨に響くような痛みを感じる時、それは体からの重要な警告サインかもしれません。この不快な症状の背後には、いくつかの代表的な疾患が潜んでいることが多く、自己判断で放置することは症状の悪化を招きかねません。最も頻繁に遭遇するのが「足底腱膜炎(そくていけんまくえん)」です。これは、かかとの骨から足の指の付け根まで、足裏のアーチを支える強靭な繊維状の組織「足底腱膜」に微細な断裂や炎症が生じる病気です。特に、朝起きて最初の一歩を踏み出した時にかかとに激痛が走るのが典型的で、骨そのものが痛んでいると錯覚するほどの鋭い痛みが特徴です。次に、足の指の付け根あたりが痛む場合は「中足骨骨頭痛(ちゅうそくこつこっとうつう)」が疑われます。これは、地面を蹴り出す際に衝撃が集中する中足骨の先端部分に、過度な負荷がかかり続けることで痛みが生じる状態です。ハイヒールを日常的に履く女性や、外反母趾、偏平足などで足のアーチが崩れている人に見られやすく、痛む部分にタコやウオノメができてさらに痛みを増悪させる悪循環に陥ることもあります。また、しびれや焼けるような痛みが足裏全体に広がる場合は、神経の圧迫が原因である「足根管症候群」の可能性も考えられます。これは足の内くるぶしの下にあるトンネル内で神経が圧迫されることで生じます。さらに、スポーツを熱心に行っている人では、繰り返される負荷によって骨に微細なひびが入る「疲労骨折」も鑑別に挙がります。これは中足骨に好発し、初期は運動時のみの鈍い痛みですが、放置すると安静時にも痛むようになります。これらの疾患は、それぞれ原因や痛みの特徴、対処法が異なります。まずは痛みの根本原因を正確に突き止めるためにも、早めに整形外科などの専門医を受診することが、快適な歩行を取り戻すための最も確実な一歩となるのです。