医療問題・社会課題に対する解決策を探る

2025年8月
  • 過敏性腸症候群と診断されたある女性の物語

    医療

    山本さん(仮名・28歳)は、学生時代から大切な試験や面接の前になると、決まって激しい腹痛と下痢に襲われるという悩みを抱えていました。社会人になってもその症状は続き、特に重要なプレゼンの前日は、ほとんど眠れないほどの不安と腹痛で苦しみました。彼女の生活は、常にトイレの場所を気にするという制約の中にありました。友人との旅行や外食も心から楽しめず、次第に人と会うこと自体が億劫になっていきました。このままではいけないと決心した彼女は、まず症状から考えて消化器内科を受診しました。医師は彼女の話を丁寧に聞いた後、他の深刻な病気の可能性を排除するために大腸内視鏡検査を勧めました。検査の結果、腸にポリープや炎症といった器質的な異常は一切見つかりませんでした。医師は「検査で異常がないことから、過敏性腸症候群(IBS)で間違いないでしょう」と告げました。この病気は、ストレスなどが引き金となって自律神経が乱れ、腸が過敏に反応してしまう機能的な疾患であると説明を受けました。原因がはっきりしたことに安堵する一方で、目に見える異常がないのにこれほど苦しいという現実に、山本さんは複雑な気持ちになりました。治療は、腸の動きを整える薬の処方から始まりましたが、それだけでは十分な効果は得られませんでした。そこで医師は、食事療法(低FODMAP食)と並行して、心療内科でのカウンセリングを勧めました。最初は半信半疑だった山本さんですが、カウンセリングで自身の完璧主義な性格やストレスへの対処法について見つめ直すうちに、少しずつ心に変化が生まれました。腹痛が起きても「またか」と冷静に受け流せるようになり、不安の連鎖を断ち切る術を学んだのです。今では症状が完全になくなったわけではありませんが、上手に付き合えるようになり、以前よりもずっと自由に外出を楽しめるようになりました。

  • 家族の物忘れが気になり病院へ連れて行った日

    生活

    私の母は、いつも明るく料理上手な人でした。その母が、何度も同じことを聞くようになったのは二年ほど前のことです。最初は「またその話?」と笑って流していましたが、次第に得意だった料理の味付けがおかしくなり、鍋を焦がすことが増えました。私の心の中に、認めたくない不安がじわじわと広がっていきました。これは単なる老化なのだろうか、それとも。意を決して「一度、物忘れの検査に行ってみない?」と切り出した時の、母の寂しそうな、そして少し怒ったような顔が忘れられません。「私はぼけてなんかいない」と強く拒否する母を前に、私は途方に暮れました。それから半年、説得は平行線を辿りました。状況が変わったのは、かかりつけの内科の先生が助け舟を出してくれたからです。「新しい健康診断の項目に、脳の検査が加わったんですよ。念のため一緒に受けてみましょう」という先生の言葉に、母もようやく首を縦に振ってくれました。そして紹介された物忘れ外来を訪れた日、私は待合室で自分の心臓の音だけが大きく聞こえるのを感じていました。診察室では、医師がまず私から、そして次に母から、時間をかけて丁寧に話を聞いてくれました。簡単な計算や言葉の記憶テストが進むにつれ、明らかに戸惑い、答えに窮する母の姿を見るのは本当につらい時間でした。後日、画像検査の結果も踏まえて告げられた診断は「アルツハイマー型認知症の初期段階」。頭では覚悟していたはずなのに、涙が止まりませんでした。しかし、医師は「早く気づけてよかった。これからできることはたくさんありますよ」と静かに語りかけてくれました。絶望から始まったその日は、母と私が病気と向き合い、共に歩んでいくための第一歩の日となったのです。